INTERVIEW Vol.02
横澤 進一 / Shin-ichi YOKOZAWA


interview Kohei OYAMA

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個展開催おめでとうございます。
横澤さんは2007年に「デジカメwatch」というウェブマガジンの連載『web写真界隈』*でインタビューに答えられていますが、当時から2011年現在まで、ウェブで写真を発表する形のあり方について何か感じられる変化などはありますか?

横澤(以下Y)  僕のブログを見ている方はもうほとんどいないですけど、日を追って自分の写真を見返すために続けています。新しく撮った写真も大事ですが、過去のものが気になって確認する時間が多いので。
以前は写真への反応が面白くコミュニケーションの場のような感もありましたが、今は自分のための資料部屋みたいな感じになってます。5,6年続けてみて、ぽつぽつとネットに貼り溜めてるだけでは、作品として意識しずらいというか、昇華できないなと感じました。zineや展示などと併せて、自分の写真について反芻する手段のひとつとして使うようになりました。
ウェブギャラリーでよくある半分動画のような見え方は、パソコンのペースに合わせて見せられてる感じがして興味は湧きませんが、tumblrのタイムラインなどで、写真というか、作品という概念のない画像の断片をランダムに見ているときに、ウェブならではの面白さを感じます。


tumblrとexcite blogの2つのウェブサイトで写真をアップロードされていますが、どのように使い分けているのですか?

Y
  tumblrは感覚的にすぐ写真をアップできるところが新鮮で、Reblogで写真が広がっていく様や、自分の写真が只のひとつの画像として、全く関係のないエロ写真や外国の写真などと一緒に並んだりしているのを見て面白いなと思いました。その写真への反応もすぐ分かるので、excite blogを全部見直してみて、今の自分にも有効なものをtumblrに移しました。


tumblr_lcfgckxMxm1qagcieo1_1280.jpgこれまでに3冊のzine(『Bat's posture』『SPRAY CATS GARDEN』『眩砂_Dizziness sand』)をリリースされています。作り始めたきっかけと3冊のテーマやコンセプトについてお聞かせください。

Y  撮り溜めたデータを全くプリントしてこなかったので、ウェブにおいておくだけじゃなく、一度、紙にしておきたいなと思ったことがきっかけです。
『Bat's posture』は現在も撮影している地域の写真で、『SPRAY CATS GARDEN』はデジカメを買ったばかりの頃に撮っていた東京の写真をまとめたものです。どちらも自己紹介的な意味で名刺のように配れるものをと思って作りました。『眩砂_Dizziness sand』はzineの手軽さというよりは、作品の印象をより深く感じてもらいたいという気持ちで作りました。


『眩砂_Dizziness sand』の表紙に使われたサンドペーパーや蛇腹に綴じられたページ構成からはセルフパブリッシングならではのアイデアが感じ取れます。写真を見せる上で、本という形についてはどう考えていますか?

Y  スナップ写真はだらだら続けてしまいがちなので、たまにzineのような形態にまとめることは、写真を見直すことができるよい機会だと思います。プリントを額装するのに似た楽しさもあります。
ばらばらだった写真を一つに綴じると世界観のようなものが強調されて面白いですが、あまり作りに凝り過ぎても盛りつけに失敗した料理みたいになるし、普通すぎても手にとってもらえないし、加減が大事だと思います。
zineは少部数ですが、創作からお客さんに送るところまで全て自分ひとりの手作業によるものなので、見たいと思ってくれた人にちゃんと写真が届いたというような実感が得られます。

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独特のコンポジションが魅力のひとつだと思うのですが、被写体となる場所に出会った瞬間からシャッターを切るまでにどれくらい時間をかけますか?

Y  風景なので動きがあるわけではないのですが、ハッと感じたらすぐに撮って、その後、近づいたり離れたり、周囲を廻ったりして気がすむまで撮ります。後で見返すと同じようなカットばかりで???って感じですが...


普段から見慣れたような郊外の住宅街や雑木林が撮影場所として多く選ばれていますが、2007年のインタビュー時から撮影場所に対する考え方や選び方は変わりましたか?

Y  相変らず実家の周辺を繰り返し訪れて撮影しています。写真を撮り始めるきっかけになった土地で、撮影場所は何処でもいいと思っているのですが、今の所、どうしても引き戻される場所になってます。
欲を出して海の方まで撮影旅行に行ったりもしたのですが、大雨に降られて散々でした。結局、畑や牛小屋や毛虫の死骸やらいつもと変わらないものを撮って帰ってきました。
自分の場合、写真活動以外の生活が変わったときが撮影場所が変わるときだと思います。


tumblr_l5zq790rIz1qagcieo1_1280.jpg特に横位置で撮られた写真からは風景に対する一定の距離感を感じます。特定の写真家からの影響はありますか?

Y  自分が佇んだ空間や、歩きまみれた土地を写したいという思いがあるので、そのときそこに居たというような距離を求めています。撮ろうとしたときに今まで見た他の写真やイメージが横切ることはあって、そんなときの写真はよくないと感じることが多いです。


サイトを見ているとたまに猫や犬などの動物が被写体として登場し、時に死体だったりもするわけですが、動物に対する思いはどういったものなのでしょう?

Y  台風で倒れた木のような、風化によってじわじわと破壊されてゆく生物のかたちや、何にも依存していない動物の佇まいに惹かれます。動かなくなったものが今目の前に在るという状態からは、動物も自分も、それらがあるこの土地も、いずれ消えてなくなるんだという自然の摂理の尊さを感じます。


つまり、過去にそこに居たという記憶と同時に未来を想いながら撮影しているということですか?

Y  傍観でも誇張でもなく風景を捉えたいなどと思ってシャッターを押しても、写真になると別段気に留まる感じには写っていないことがほとんどで、むしろ無意識に撮っていた写真を良く感じることが多いです。それはカメラが勝手に収めたというか、自分の範疇を超えていたから気になるのだと思うのですが、かといって何も考えずにカメラまかせで撮ることは僕にとってとても難しいことで、そこが悩ましくもあり、写真のおもしろさだとも思います。


個展タイトル『煙野』の由来を教えて下さい。

Y  カメラを持って歩いているときに頭に浮かんだ架空の地名です。


展示に際して注意を払うのはどのようなことですか?

Y  一枚ずつじっくり見てもらうためのプリントの大きさや、追体験のような感覚に誘う為の並べ順や写真の間隔を考えますが、展示初心者なので、空間での写真の見せ方は経験を重ねて発見したり掴んでいく必要があるなと思います。


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好きなアーティストを教えて下さい。

Y  Eugene Atget / Mark Farrow / Jesus and Mary Chain


アジェは少し意外な気もします。

Y  何を考えて撮影していたのかは知りませんが、ひとつの土地を撮り続けた姿勢が好きです。劇的な場面が写っているわけではないのですが、見ていると何か得体の知れない感情が湧いて心が揺さぶられます。
僕は仕事でよくギャラモンという書体を使うのですが、昔からあるのに古さを感じず、味わい深い細部を持っているところがアジェの写真に似ているような気がします。


今後はどういった活動をしていきたいですか?

Y  日々の撮影を豊かな気持ちで続けていけるような心身のバランスを保つことと、その中から自分にとっての美しさの答えのようなものを捕まえて、形あるものにして見せるということだと思います。
Mar,2011



横澤進一

グラフィックデザイナー・写真家
埼玉県出身/東京在住
2001年、編集+デザイン事務所『SLY』設立。

個展 『煙野』  銀座Nikon Salon
4/13 (水) - 4/26 (火)  10:30 - 18:30

ウェブサイト Yokozawa.tumblr.com

*http://dc.watch.impress.co.jp/cda/webphoto/2007/03/29/5947.html