INTERVIEW Vol.04
松島 英理香 / Erika MATSUSHIMA


interview Kohei OYAMA

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2008年6月6日、CASHIグランドオープン時


CASHIが現代美術のコマーシャルギャラリーとしてオープンから4年目を迎え、まず今の日本の現代美術のシーンについて、ギャラリストという立場から感じていることを率直に教えて下さい。

松島(以下M) わー最初からちゃんとした質問だ、むずかしい......がんばります。
そうですね、最近はしみじみと、日本の現代美術の終わりを感じます。感じますというか、懐かしんでますと言うべきかもしれません。
4年前は日本の現代美術市場・領域が非常に活発でした。いわゆる日本の「アートバブル」と呼ばれた頃ですね。とにかく様々な人が集まり、お金も集まり、注目を浴び、業界の方はみんな「現代美術はじまったな......!」と思ったはずです。でもはじまったな!って思ったあの時がピークだった。産声が、実は断末魔の叫びだった。そういうことをようやく過去の、終わったこととして認識できるようになってきました。今まで頭では理解していたけど、感情として納得できていなかった。まだあの頃の様々な感覚に引きずられていた。そういう人は沢山いると思います。
今、まず市場は非常に疲弊していますよね。次に、西洋式のアプローチ、いわゆる既存のアートフェア等のイベントは結局日本には合わなかった。そしてアートと呼ばれるものやアーティストは多く居るが、それを支えるシステムはどの側面でも未だ未開地であるということ。さらに悲しいことに現代美術と社会の隔たりは日を増すごとに広がりつづけている。これが現状だと思います。
これだけ並べると実に鬱々しく、ただの愚痴にしか聞こえないのであまりこういうことは言わないようにしているのですが、これらを悲観的に捉えず、寧ろチャンスとして捉えるべきと考えています。今はかなり敷居が低い状態なので、あとは私たち次第なのだな、と感じています。


これまでのギャラリー運営で最もユニークだと思える出来事を教えて下さい。

M 変な設営とか作家の思いがけない一言とかいろいろあるんですが、多分そういうのはどこのギャラリーさんもあると思うので、例えば「かしがろう」でしょうか。
アートの神秘性、神聖さ、というようなものを私個人はそんなに信用していないせいか、ギャラリーらしからぬ企画はたまにやっていました。「かしがろう」はその中の一つで、ギャラリーの一角にある冷蔵庫(もちろん普段常用しているもの)の冷凍室を展示空間にし、毎月展示替をしながら一年間運営したものです。


2009年の4月から始まったバックヤードにある冷蔵庫をギャラリーに見立てて展示を行う「かしがろう」は独特な企画でしたね。展示をした中尾崇志くんやオーディエンスの反応はどうでしたか?

M 正直なところ、中尾くんにはちょっと悪いことをしたかな?とずっと思っていて。「今の日本の美術教育に、コンテンポラリーギャラリーの冷凍庫から美大生が疑問を投げかける」的な企画だったわけですが、「かしがろう」は果たして本当に美大生である彼のためになったのか?松島がまた思いつきをただ押し付けただけじゃないのか?と。
しかし最近4年生になり第一志望に内定が出た中尾くんに「おめでとう!すごいじゃん!」と伝えたところ、面接でこの企画を話をしたところとても反応がよかったそうで...「かしがろうのお陰です」と言ってもらえました。ほんとかよ!と思いつつ、本当ならアートは美大生を救ったわけですね。アートすごい。
オーディエンスの反応はとてもよかったです。今もかしがろうファンから次のかしがろうの企画は?まだ?と定期的に言われます。ありがたい事です。中々良い企画が浮かばなくて今は専らチューペットを冷やす毎日なんですけど......すみません。企画募集してます。


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2010年2月17日、3日後の「かしがろう講評会」に備えて


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2011年5月31日、「matter」展搬出前


3.11以後初の展示となった「matter」(稲葉友弘と宮田聡志による2人展。2011年5月6日〜28日まで開催 http://cashi.jp/lang/ja/exhibition/747.html)は2人のアーティストの組み合わせの妙はもちろんのこと、震災に対する松島さんからの回答のようにも感じました。

M わあ嬉しい!ありがとうございます。あまり大々的に言うことでもないかなと思ってプレスの文章などは直接震災のことなどは触れないようにしたのですが、そういう意図であの展示を行いました。
私は震災当時、ギャラリーの近くにある本屋に立ち寄っていたのですが、やはり全てが終わることを覚悟しました。覚悟したけど無事だった。
でもその後2週間ほどはどんどん耳を覆いたくなるようなニュースが増えて、一時飼い猫を連れて実家(と言っても都内なんですが)に避難したりしている間、ものを所有すること、箱を持つことの重さと、そして虚しさを改めて感じました。
美術の価値の一側面は長い時間が作るものだと思います。しかし、基本的に美術品は「もの」です。
CASHIをはじめたときから持っている思いで、「所詮小売業」っていう言葉があって。私たちは「特別なもの」を扱うし、最終的に「もの」であることにある種のフェティシズムみたいなものまで感じているけれど、でも「所詮、もの」なんです。ものは、壊れたり、失くなったり、する。
宮田の感熱紙の作品は展示期間中の1ヶ月で、明らかに色が変わりました。稲葉の鉄の作品は目に見える変化はないけれど、確実に酸化しています。
ものの寿命は様々で、人間の何倍もの時間を生き続けるものもあれば、すぐ変質してしまうものもある。大切なものへの愛情の示し方はいろいろあるけれど、自分の力が及ばない何かがあったとき残るのはそのものと同じ時間を過ごした記憶しかありません。あの展示ではそういうことを表したかった。


コマーシャルギャラリーでありながらparaperaやchaos* loungeなどのアーティスト・グループと密接な関係であるという点もCASHIの特徴だと思います。個人ではないグループとしての活動にどのような可能性を見られていますか?

M 個であろうと集団であろうと、一貫した思想を持っている人であればどちらでも良いのですが、やはり集団のほうがコンセプトが非常に明確である場合が多いように感じます。というか、必然的にコンセプトを明確にせざるを得ないんだと思いますが、そうすると人が人を呼び、常に新しいことに挑戦しやすいという利点があるのではないかと思います。そこが「可能性」ですかね。
ビジョンが明確だと、私がどう関わるべきなのかもわかりやすく非常に動きやすいですし、作家さん達、というよりある種同業者のような感覚で接しています。
あと私は元々ぼっちで、みんなでわいわい何かやるという経験に乏しいので単純にドキドキして楽しい。


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2010年10月2日、カオス*ラウンジ「再生する崩壊する自我する梅沢和木するラウンジする画像コアする*ラウンジ」(通称「自我オフ」)最終日閉廊後


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2009年7月8日、完成した「CASHI MOOK」裏表紙


CASHI MOOK、CASHI ZINEを発行された経緯を教えて下さい。アーティスト個人のカタログを発行しているギャラリーは珍しくありませんが、ギャラリー名義のムックやZINEを出しているところは見たことがありませんね。

M ギャラリーのポートフォリオなるものも実はちゃんとあるんですが、なんせ分厚くて重い。持ち運びには向かないし人に差し上げられるようなものではないしで、何度か"ポータブル版CASHIフォリオ"も作ったのですが更新がどうも面倒くさくて。
じゃあ雑誌にしてその都度発行しちゃえばいいんじゃないの?と。丁度今流行のZINEなるものがあるぞ、と。
実際作ってみたところ、レーザープリンタでの出力に限界があって、部数はとても少なく、続号も出せていない状態なんですが......
予算が出来たら今度はちゃんと印刷所に頼んで、また作りたいです。


所属作家で写真を扱うアーティストも少なくないわけですが、現代美術のマーケットで写真家として活動していく上で重要なことはどのようなことでしょう?

M ああまた難しい質問きた!うーん、いままでなら、"現代美術っぽくすること"でしょうか。空気が読める人はこれで充分わかると思うので「リア充感」の一言で割愛しますが、これからの現代美術のマーケット上で活動していく上で必要なことは全く逆で"現代美術っぽくしないこと"かな?と思います。脱リア充、ですかね。
杉本博司が森美術館で個展をし、国立近美でドイツ写真の現在が開かれたのが2005年。ティルマンスがオペラシティで個展をしたのが2004年。あの時期からもう6、7年はゆうに経っているわけです。
最初の質問と少しかぶりますが、最近ようやく、あの頃のときめきを完全に過去のもの、終わったものとして振り返れるようになってきました。正直もう「昔」です。もう反芻すべきものではない。「現代」美術と言うには、美意識は更新し続けなければなりません。
しかし脱リア充。難しいですね。


松島さんはウェブにも強い興味をお持ちだと思うのですが、普段はどのようなウェブサイトを閲覧されていますか?

M わ〜...... 実はアート系のブログやギャラリーのサイトなんかは殆ど見ていなくて......すいません。生活情報が多いと思います。人の日記や、料理ブログ、あと昆 虫や科学、医療関係のブログをよく見ています。疑問に思ったことはすぐ調べたい質なので、GoogleとWikipediaには大変お世話になっていま す。
私の持つ「大人の趣味」の一つに「定期的にものを捨てたくなる」っていうのがあるんですが、今丁度その時期で、最近は住んでいる区のリサイク ル情報や2chの掃除全般板をまめに見ていますね。あとこれすごいありがちで恥ずかしいんですけど、裁判所の判例検索にハマっています。いつか裁判傍聴は 趣味の一つに入れたいと思っているのですが、なかなか実現できず......とりあえずインターネットで判例読んでます。お手軽でおすすめです。


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2009年11月6日のインターネットと松島


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2010年11月25日、村上友重個展「それらすべてを光の粒子と仮定してみる」最終日


今後のギャラリーとしての、また個人としての目標を教えてください。

M 今後、私たちは単なる箱であったり単なる小売業ではなく、公共性のある存在を目指さなければいけません。つまり、新しい美術シーンをどう築くのか?を考え続けなければいけない。
先ほど「所詮小売業」という言葉を使いましたが、これと相反する、長期的なビジョンも私たちは持つ必要があるんです。
私は非コミュなのでどうしても連帯というものが苦手なのですが、今後は若手世代の連携は必須であり、その構築を積極的に行っていきたいと思っています。
数年前良く聞いた、「場を作りたい」という言葉、これはもう古いですよね。場所はもう充分すぎるほどある。インフラは整った。これからは島宇宙のような日本の美術業界の中で、どうやって島宇宙を繋げていくか、これが大切で、新しい場所を作るより格段に難しいことだと感じています。正直、どうやったらいいかちょっとまだよくわかんない(多分、わかんないのは非コミュのぼっちだからかなーと最近薄々気付きはじめました)。
それから、公共性をキーワードに、例えばアートジャーナリズムの模索やCASHIという箱を超えた展覧会、イベント等を模索していきたいです。

個人としては、もうそろそろマジで「大人」な年齢なんで、しっかりしたいです。やっぱりCASHIをはじめた22歳くらいの頃は、「自分まだ若い」って思ってた。別にその頃の自分が至らなかったとかではなく、22歳の私はそれなりにまあがんばってたと思うのですが、もう25歳超えた私はちょっとがんばりが足りないんじゃないのかと。もうちょっと自分に厳しくしたほうがいいんじゃないのかと。はい、がんばります。

Sep,2011



松島 英理香


ギャラリスト。1985年富山生まれ、
東京造形大学デザイン科中退。2005年よりフリーランスで同年代の作家のマネジメントやキュレーションを経験後、08年6月に日本橋馬喰町にCASHIを開廊。表現手法を問わず、魅力ある若手作家を中心に紹介。
http://cashi.jp/