INTERVIEW Vol.13
滝沢 広 / Hiroshi TAKIZAWA

interviewed by 大山 光平 / Kohei OYAMA

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warp, 2014

2014年1月11日から2月28日までG/P+g3/ Galleryにて開催中の「THE EXPOSED #7」。このショーケースに参加する6名の写真家 / アーティストにインタビューを行う。
ラストは滝沢広。個人的な関心をベースに繊細な視点と手続きで作られたその作品は、写真でありながら平面と立体が入り混じるダイナミックなインスタレーションとなり、鑑賞者に対して思考を促すひとつの現象となる。大学時代専攻していたという心理学や、岩や石というモティーフを選ぶ理由など、制作の背景に焦点を当てた。


大学では心理学を専攻されていて、その頃から写真を撮り始めたとのことですが、どのような経緯がありましたか?

当初は犯罪心理やプロファイリングといった分野に興味があり、それに関する映画や書物を見ていました。ある行為が行われたあとの遺留品や現場から、犯人がどのような行動をしたのかということから始まり、生い立ち、パーソナリティ、犯罪履歴といったデータを取り入れ、捜査をして犯人を割り当てることに面白さを感じていました。遺体の状態や犯行現場といった、情報としては極めて限られたところから、残された物が語る雄弁性に関心があったのだと思います。そういったことから、カメラが持つ客観性のようなことに惹かれていきました。自分が見ている風景や物と、カメラで撮影されたイメージの違いが面白かったんです。


継続的に岩や石を対象とした作品を作っていますが、どのような選択なのですか?

魅力の一つに、何億年もかけて経年変化してきた石や岩たちが、アーカイブとして地表に顕われているという事実があります。時間や移動といった出来事が蓄積されつつ現存するイメージとして目の前に表出している。時間や変化が剥き出しになって可視できるところに面白さを感じています。あとは、質感や触感といったフェティッシュな要素に惹かれていること。加えて、そういった物を撮る眼差しや、物を捉える視点に個人の特性が表れてきてしまうということにも魅力を感じています。
ただ、実際には撮っているというより、撮らされているといった感覚に近いと思います。自分がなぜこの被写体に反応して撮ってしまうのか、どの部分に反応してシャッターを押してしまうのか、といった問いかけを、石や岩を通してずっと行っている感じです。


THE EXPOSED #7出展作品の解説をお願いします。

今回の展示では、銅像をモチーフに作品化しているわけですが、きっかけは、ある街を観光しながらスナップショットで撮影していた時に、その流れで銅像を撮ったことでした。その時はカメラの露出の設定ミスで、銅像が白く飛んでしまっていて、その銅像が誰で、どういった場所で撮影されたのかといった情報が写真から失われていました。ある形をした銅像らしきものしか写っていなかったんです。その際の、一度固有名を持って特定の場所に設置された像が、また素材に戻ったというようなイメージの変換が面白く、それがきっかけで作り始めました。

後に銅像を持ち帰りたいと思ったのですが、写真を撮ることでそれが可能になるということに気づきました。物質的な移動ではなくイメージの移動です。撮影し、プリントアウトされた銅像のイメージが石や大理石といった素材に成り代わり、パブリックな銅像が私的空間に移動することによって特定の文脈から切り離される。そういった行為によって銅像の固有性から素材そのものの特性へとフォーカスが移っていく。さらにそれをホワイトキューブという空間に配置することで、イメージの転換、質的な変化、領域の移動といった視覚の多様性を観覧者が擬似体験できることを望みました。
例えば、野口英世の銅像を撮っていますが、「これは野口英世です」という固有名ではなく、「これは何かの形をした銅像または紙」であるとか「石なのか紙なのか銅像なのか」という話ができるようになります。観覧者がイメージをどのように捉えているのかを思考できる場にしたいと思いました。


展示ではプリントを丸めたり、アクリルマウントごと切断するなど、写真の物質性を強調するようなアプローチで見せている。空間を使った展示で狙っている効果はどのようなものですか?

今回の展示に関しては、写真によって圧縮し、定着されたイメージを質量のあるものとして捉え、もう一度物質化することで、イメージがどう変化していくのかを提示する必要がありました。そのために、写真に厚みを持たせたり、切るという行為によって彫刻のように見せました。また、写真の中に閉じ込められたイメージと、そのイメージの中から作り出した立体物との比較から、視覚体験と触覚的な体験を同時に経験できるように空間で提示しました。


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warp_#1, 2014
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THE EXPOSED #7 展示風景 @Kazuo Yoshida

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THE EXPOSED #7 展示風景 @Kazuo Yoshida

モティーフの持っている質や文脈と戯れ、変容したイメージをアウトプットのある段階で固定し、提示する。その決断に興味があります。答えを手離すというか、見る側に委ねているように見える。 

こういったことを話すときはいつも苦労するのですが、最近の実体験でその答えに近い出来事がありました。 駅構内を歩いていると、目の前の女性がいきなりズボンを脱ぎだし、それを地面に置いたままスタスタと歩いていったんです。突然の出来事に驚き、その女性を目で追うのですが、僕はどちらかというと、女性自身よりも、残されたズボンに興味が湧くんです。そこにはすでに当事者はいないのですが、異様な雰囲気が残っているんです。つまり、その女性を選択するのではなくズボンという物の存在を凝視して、そこから派生する物語に面白みを感じています。そういった意味では僕の作品はズボンの存在に近い気がします。あとは、それをどのように捉えるのかは、観覧者次第といった委ね方はしていると思います。


セルフパブリッシング『A rock of the moon』の巻末にあるステートメントには「すべてがつながる」ということを書かれていますね。そういった感覚や、時間と空間を操作する手法は、映像の編集作業やインターネットの概念にも近い気がします。

そう思った経緯には、家で岩の写真をプリントしている時、その岩の表面を拡大すると月の表面を見ているような感覚を体験したことが元になっています。地球上の岩が、個人的な体験やある出来事の記憶を通して月へと移り、また別の空間に移動していく。自然物の記憶や歴史と、個人的な体験や記憶はつながっているのではないかと思ったのです。

石や岩が記憶装置だとすると、地表の上にアーカイブのように点在していることになる。そういった物を扱い、過去の出来事を掘り下げ、その記憶を鏡などの外部の物と接触させて作ったイメージが「A rock of the moon」の作品群です。鏡や反射物を使うことによって、リフレクションの効果を出しつつ、記憶を代理表象していくということを考えました。そういった素材をデジタル加工すると、ヒューマンスケールでは測り知れない時間を内包する物のイメージを、一瞬にして圧縮してしまいます。その結果、ストレートに撮られた写真イメージよりも、表面のテクスチャーや積層された時間がより全面に表れる効果があるのではないかと感じています。

記憶や物質は常に流動的であると同時に、時間や空間を移動していく、テレポレーションしていくという感覚は、インターネットの概念に通じることがあると感じています。

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stone_#1, 2012

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SHOWCASE #2 (eNarts,2013) 展示風景 

作品を制作するうえで、最も影響を受けた写真以外のものは何ですか?

一つには、江戸川乱歩の文字を通した触感体験があると思います。短編作品に「人間椅子」という作品があるのですが、主人公が好意をもった婦人と接するために、彼女の家にある椅子の中に入るという話です。文字から連想されたイメージとともに、触覚を伴った感覚が体験としてありました。それは実際に椅子の中に入って、椅子の革一枚隔てた感覚よりも、より差し迫った感覚として自分の中に残っていきました。そういった視覚イメージから発展していく触感を味わえるという感覚は、写真の大きな可能性として感じています。 


今後の予定を教えてください。

6月にJIKKA(*)で個展をします。それと今年は写真集を出します。それに関連したイベントをいくつか実現したいと思っています。
Feb.2014


滝沢広 / Hiroshi Takizawa

1983 年埼玉県生まれ。大学で心理学を専攻した後、写真を扱った作品の発表を続ける。膨大な年月をかけて経年変化してきた石や岩などのテクスチャーを素材として用い、物質とそれに伴うイメージの再構築を行う。
主な展示に「SHOWCASE #2 CURATED BY MINORU SHIMIZU」(eNarts・2013)、 「SPACE CADET Actual Exhibition #2」 (2013) など。

Website : www.takizawahiroshi.jp


* www.facebook.com/SpaceJikka